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俵山

私は草千里89から十年の間、ティーブレイクミーティングと云う名の下、8月の最後の日曜日に集っていた。
その実、草千里99の広報活動だったりしたのだが。。。
当時は、金曜日の夜大阪をフェリーで発ち、土曜日一日を移動&ツーリング。日曜日朝にTBMを行い、夕方大分へ戻るなんてパターンを続けていたため、阿蘇の目新しいところなんて殆ど興味が無かった。。。と、云うか、考えられなかった。
そんな中、草千里99が近づくにつれ、TBM以外に度々阿蘇へ行く事になった。
小国の蕎麦。高森の田楽・地鶏。あらゆる場所にある温泉。ようやく、阿蘇のほんの一端を垣間みる余裕が生まれた様な気がした。
余裕が生まれると、走るルートも毎回変えてみたくなるのが、ライダーと云うモノだろう。
大観峰すら行った事が無かった私にとって「外輪山」と云うのは、R57の西と東しかなかったのだが、草千里99のポスターや告知チラシの制作のため、ロケーションの良い場所を求めて、北はミルクロード、南は白水や久木野など、温泉&おいしいご飯を求めながら「絵」になる場所を探し求めていた。
きっかけは、そんなものだったと思う。
走ってゆくうちに上っていった。そんな感じだ。山の上には小さな駐車場があった。一服がてらバイクを留めてみた。
「ザ・外輪山。」
本当にそう感じた。
大観峰の景色もまた素晴らしいけど、俵山から見る阿蘇は、盆地がUの字に見え、「外輪山」の上に居ると云う事を実感させてくれる。
何よりも、阿蘇と云う割にはバイクが少なかったのが、気に入った一つの理由かもしれない。
元来のヒネクレ屋な私は、皆がカツ丼と云えば天丼、東へ行こうと云えば西へ、ってな具合に、皆が大観峰って云えば、別の場所で良いところは無いかな?と考えていた訳で、お気に入りの場所のひとつになった。
そんな、俵山も十年前には無かったトンネルが開通し、便利になったのは良いのだけれど、あの景色を眺めることなく阿蘇へ入るのもまた少々寂しい気がするのは私だけだろうか?
今度はバイクと云う機動性を生かして、たまにはトンネルを使わず見に行って見たいと思う。
草千里09への思い

草千里’99の、その意味とはいったい何なのか?
まだ明けきらない早朝の嵐が去り、一面の草原が終わらない夏の陽に焼け、遠くの山なみが秋の空に影となって浮かびあがったころ、ぼくはレストランの屋上に立って、うねった波のようなバイクの群れが去っていった駐車場を見下しながら考えてみた。
答は明らかなのに。
そうだ、そこに意味なんてない。
そもそも求めてない、意味も、答も。
ただ、そこに行かなければわからない何かが、そこにあるはずだ。
だから、行く。
そして、来た。はたして何があったか?
それから10年を経た。
あの夏、ともに、船に乗って九州入りし、朝は雷雨に打たれ、日中はヤケドするほどの陽を浴び、夕暮れにフィルムに収まった、あのバイクはまだ目の前にある。
ぼくは、管理職になり、家を買い、ゴルフをはじめた。
バイクに乗る時間は減った、トシのせいだ。
体力も、時間の制約も、トシのせいでキツくなった。
それでも、草千里’09には行こうと思っている。
行かなければならないと急きたてられているようでもある。
そうか、今わかったぞ。
ぼくは、あの日、約束したんだ。
10年後、また、この地に立つ、と。
それが、ぼくにとっての草千里’09。
草千里89の思い出

89年当時大学生だった僕は就職活動もせずバイトとツーリングにいそしんでいました。
そんな時期にティーブレイクミーティングという集うというだけのバイクイベントと出会いそこでできた仲間と草千里89というイベントを知りました。
高校時代まで九州に住んでいたということもあり九州にツーリングに行くことも多かった僕としては大変身近に感じるイベントでありました。
最初は参加者として89主催者側と連絡を取り合っていたのですがいつしかスタッフとして手伝うということになっていました。
当時大学で写真学科に籍を置いていたので当然カメラマンとしてお手伝いをするつもりでいましたが、先方のイベントの内容を知るにつれ主催者側の骨組みが実に貧弱であるということが明るみになり手伝うカタチが日に日に変わっていき、結局ノベルティTシャツと花ずきんちゃんグッズを抱えて現地入りするという事になりました。
当日は終日の雨それでも次々とやってくるバイクの波を微かに覚えているものの、花ずきんちゃんグッズを笑顔で配る自分以外あまり印象に残ることがなかった覚えがあります。
当然主催者側との意見のズレが当日このような印象しか残らないイベントとなったことがきっかけとなり次回草千里99の主催者側に名前と連ねることとなるのですが。
89年当時にお手伝い頂いた方々のおかげで今の自分が居るということも事実です。
89年の草千里に関わったおかげで良い意味でも悪い意味でも人生を左右したイベントであるような気がします。
79年一人のカメラマンの人生に強い印象を残したのと同じように・・・
「草千里99スタッフ・H.S.」
準備中

ようやく俵山登場。
引き続き、色々な想い出話を絶賛募集中です。

